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Sads

REVIEW

SADS

It was six years since the great band Sads had broken up, but that dark time is over now and the band is finally back together!

SADS is an intriguing band with all the qualities of both a major label and an underground band, SADS had built a solid reputation as a true Japanese "rock band" --one that could make world-class rock music without forgetting their Japanese roots. It's too bad that in their heyday, their home country of Japan never really fully recognized their mark on its rock history!

Since beginning his solo career in October of 2003, Kiyoharu--who has continued to search for his true identity through all kinds of spiritual and musical endeavors--never spoke about what he had tried to accomplish with his band SADS. But by reforming in 2010, the moment to speak seems to have come--and it will be in the form of new music. For the fans, it's hard to believe that SADS, a band that was thought to be long gone, is active again.

At the same time as reforming SADS, Kiyoharu announced the revival of his other band, "Kuroyume" and also that he would be continuing his solo work. To Kiyoharu, the word "reunion" meant nothing; all that mattered to him was that he continue his search for himself through his solo career while jump-starting two "new" projects in 2010--KUROYOME and Sads.

サッズというロック・バンドが歩みを止めてから、すでに6年以上の月日が経過している。メジャーとアンダーグラウンド双方の特性を活用しつつ、他の誰よりもバンド然とした活動を実践しながら、ジャパニーズなアイデンティティを失わないままに世界基準のクオリティを追求していたこのバンドの稀有さは、この国のロック史のなかでもっと評価されていい。とはいえ2003年10月のソロ始動以来、実験精神旺盛な自己探求作業を精力的に続けてきた清春が、このバンドについての未練や心残りのようなものを口にすることは一切なかった。おそらくそれ自体は、今もこれからも変わらないだろう。が、2010年の現在になって、その瞬間はあまりにも唐突に訪れた。にわかには信じがたいことがだが、サッズが、ふたたび動き始めるのである。

「2010年、サッズをやります。やるからには本気で臨むし、ニュー・アルバムも作るつもりです。期限付きの活動でもない。だけど同時に、飽きたら止めるだろうとも思う」

清春の言葉にはいくつも“含み”がある。が、実際のところ、少なくとも2010年1月現在、今回の復活劇に関するドラマティックな筋書きや綿密なプランといったものは、まったく存在していない。確かなのは、誰もが“完全な終わり”を迎えたものと思っていたはずのサッズが新たな歩みを始めるということ。しかも清春は、同時に黒夢の始動をも宣言し、さらには2003年以来のソロ活動をこれからも継続させていくことを認めている。便宜上の、“復活”とか“再開”といった言葉のニュアンスは皆無であるらしい。つまり、ソロ・アーティストとしての探求を続けながら、さらにふたつのプロジェクトを2010年にスタートさせる。それがサッズと黒夢だった。つとめて冷静に言おうとすれば、そういうことになる。

「すごく大変なことのように思われるかもしれないけど、僕にとっては、精神衛生上いちばんいいやり方がこれなんじゃないかと今は思う。ひとつの枠のなかで全部やろうとすると、無理を感じることがある。かといってメンバーの顔ぶれや楽曲だけで分けるというのも、どうかとも思う」

この発言が清春の口から飛び出した時点において、彼自身のなかに決定事項はほぼ存在せず、サッズとして新たな歴史を綴り始めるうえで歩みを共にするメンバーたちの顔ぶれすらもまったく決まっていなかった。当然ながらそれは、黒夢についても同じこと。しかもこのコメントから想像可能なのは、たとえばサッズのライヴで黒夢時代の曲が演奏される可能性もあれば、その逆もまたあり得なくはないということ。双方のバンドに共通して籍を置くミュージシャンが、清春以外に存在する場合もあるのかもしれない。考えれば考えるほど、境界線は見えにくくなってくる。が、逆に言えば、それがようやく浮き彫りにされてくることになるのではないかという気もする。

「まずは双方の新しい音源を作って、その音楽性に沿ったものを古い曲たちのなかから選びながらライヴをやることになるだろうし、そうすることで、自然に区分けができていくことになるんじゃないかな。何がどういうものなのか、みんなにも僕自身にも、これまで以上に理解できるようになると思う。ファンの人たちには単に純粋に“楽しめる機会”が新たに設けられることになるわけです」

今回の決断に至る過程のなかで、清春の心を動かしたものがいくつかあった。彼の音楽人生をずっと間近で見守りながら“闘いの歴史”を共にしてきた、ある編集者の急逝。彼自身が最大級のリスペクトを捧げる人物が目の前で提示して見せた、否定すべき要素が微塵もない再臨のドラマ。ソロ名義での音楽探求のなかで、現在と不思議に同化していく過去と未来。そうしたすべてが、彼にひとつの重要な発見をもたらすことになった。

「やりたいことと、やれること。その違いをずっと気にしてた。だけど今の僕にとって、それは一緒なんです。そこに気付けたことが大きな出来事」

この言葉をどのように受け止めるかは、あなた次第だ。が、僕自身が感じずにいられないのは、いわゆる“残された時間”というものに対する清春の真摯さと本気モードに他ならない。

2010年1月 増田勇一

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