湯浅湾
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どうしようかという曲を、そのままゴロッと出してしまうあたりはさすがである。 樋口泰人
???
Japan
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11/30/2009
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| 湯浅湾: General Info
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| Member Since | 7/10/2009 | | Band Website | boid-s.com | | Band Members | 湯浅学 / Guitar, Vocal
1957年1月4日横浜市生まれ。各種編集業務、マンガ、写真、グラフィック・デザイン、各種執筆活動にたずさわる。82年に根本敬、船橋英雄と幻の名盤解放同盟を結成、因業の歌謡曲の解析、大韓民国のロック研究等を行なう。86年に音楽評論を活動の中心に定める。93年、即興演奏集団わかたけに参加。演奏活動にも力をそそぐようになる。95年、自身のユニット湯浅バッテリー発足。96年、湯浅湾と改名する。
著作『人情山脈の逆襲』、『音海』、『音山』、『嗚呼、名盤』、『あなのかなたに』。共著に『ディープ・コリア』、『ディープ歌謡曲』、『ディープ東京』などがある。
牧野琢磨 / Guitar
ギタリスト。エレクトリック、アコースティック、バリトン・ギターを演奏する。07年より大友良英が主宰しているイベントスぺース「GRID605」の管理人も務める。2008年にレーベルGRID605より初のソロ・アルバム『In the suburbs』をリリース。同時期に元「パイカル」の吉田悠樹と共に自身のバンド 「New Residential Quarters(ニュー・レジデンシャル・クォーターズ/略称NRQ)」を結成。現在同バンドは、服部将典(contrabass)と中尾勘二氏(drums,etc.)を迎えたカルテット編成となっており、合計12弦とドラムスで訥々とした新興音楽を奏でている。
松村正人 / Bass
1972年、奄美うまれ。幼少期に自然音をたのしみ、テープのエディット/コラージュをたしなむ。6年の東北在住後、90年代末から東京に。仕事をつうじ、湯浅学氏にであい、01年から湯浅湾でベースを担当。初舞台は京都WHOPEE’S。別バンドに、..で演奏し解体したSTUDIO BOYZ(湯浅湾+塩田正幸+五木田智央)、野間易通(Key)、松本雅光(G/Vo)、山口元輝(Dr)とのロッカーズ・アウターナショナルがある。雑誌『Tokion』編集長をへて、09年から『スタジオ・ボイス』編集長。南部真里名義で執筆もおこなっている。
山口元輝 / Drums
現在までソロを含む精力的なライブ活動の他、幾つかの音盤に演奏等で参加。2008 年にはShing02のバンドメンバーとして全国ツアーに参加しフジロック・フェスティバル、ライジングサン・ロックフェスティバル等に出演。湯浅湾では 3rdアルバムでレコーディングに初参加。牧野、松村とはこれまで幾つかの活動を共にしており、また自身が湯浅のファンであったことなどから湯浅湾に加入。現在自身の作品を鋭意制作中。 | | Record Label | boid | | Type of Label | Indie |
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| About 湯浅湾 |
湯浅湾の歩み
湯浅湾はドラムズの直崎人士とふたりで即興演奏を目的としたデュオとして95年ごろ発足しました。当初のユニット名は湯浅バッテリーといいました。何回かのライヴ出演、オムニバス・アルバムへの音源提供の後、ふたりでスタジオ録音盤『歯のはえたケツの穴』を制作、OZディスクより97年に発表しました。
即興演奏の記録、としか考えていなかったそのスタジオ録音の過程で、ある日突然、即興で歌も歌ってみようと思ったのでした。理由はまったくわかりません。そう思ったらいくつか歌詞ができたのでそれを見ながら即興で歌い演奏するようになりました。そうするとそれまでに録った演奏にも歌を載せてみたくなりました。結局『歯のはえたケツの穴』は、歌唱アルバムとなりました。しかしこれをいわゆる“歌もの”と呼んでくれる人はほとんどいませんでした。『歯のはえたケツの穴』の録音は足かけ3年、断続的に行ないましたが、そのころ俺はメロディや整った和音構成を不快に思っていました。理由はいろいろあります。あのころは今よりもずっといかにして人よりでかくてバリバリな音が出せるか、ということに力をそそいでいたせいもあるでしょう。
湯浅バッテリーという名称も、『歯のはえたケツの穴』制作中に湯浅湾に変えました。湾という字が好きだからですが、三水が3つ並ぶとなんとなくいい感じがした、という理由です。特に意味はありません。
ライヴ活動はその後も続きましたが、直崎とのデュオという形はしばしば変容しました。リズム・マシーンを使って蔦木俊二(突然段ボール)とのデュオで行なったりしているうちに、99年に菊地康幸(当初はベース、後にギター)が加入、2001年3月に松村正人(ベース)が、2001年9月に声(ドラムズ)が参加し、バンドとしての形態が明瞭になりました。
以前のような“歌う集団即興ユニット”というものではなく、“曲を作っていくバンド”へと演奏の内容、様式も自然に変化していきました。以前作った曲もコードをつけて歌い直すようになりました。
ライヴの回数も増えました。毎回客席から録音していましたが、時には後から聴き直しておもしろいと思える演奏もあるので、それをダイジェストしてみようと、ある日思い立ち、『湯浅湾ライヴ』ができ上がりました。
01年3月から03年4月までの録音から選び、音質を調整したものです。
03年春ごろギターに牧野琢磨が加入。その後04年6月に山口元輝がドラムズで参加し、ダブル・ドラムズ体制となりました。グレイトフル・デッドのような形でやってみたいという幻想によるものです。数年間5人での活動が続きました。突然段ボールやおにんこ!、Americo等とのジョイントが多くみられました。07年、声が抜けて、現在の4人編成になりました。曲作りを重ね、ライヴの回数が増えるにつれて曲の形が固まっていきました。アルバムを作るのに適した頃合いだと思いました。スタジオでのライヴ録音を基本に、今回の『港』は制作されました。歌を伝えることがバンドの重要事になっています。
10年前の湯浅湾しか聴いたことのない人たちは未だに湯浅湾はノイズ系のバンドだと思っていることでしょう。
『港』はしかし、ノイズ系の作品ではありません。どうか気楽にお聴き下さい。
牛も豚も猿もミミズも、みんな喜ぶと思います。
2009年春 湯浅学
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| 湯浅湾's Friend Space (Top 7) |
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